東アジア美術史研究センター

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河野道房

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研究紹介

科学研究費補助金助成事業について

ここでは、本ページを立ち上げるきっかけとなった、科学研究費補助金助成事業を紹介します。
以下は、平成25年に提出した研究成果報告書をもとにした、研究概要の紹介文です。

  • 機関番号:24403
  • 研究種目:基盤研究(C)
  • 研究期間:2008~2012
  • 課題番号:20520088
  • 研究課題名(和文)墳墓壁画を中心とした魏晋南北朝絵画史の研究
  • 研究課題名(英文)The Study of Painting History in the Wei, Jin, and the Southern and Northern Dynasties in China, especially about the Tomb Wall Paintings
  • 研究代表者:河野 道房(KONO MICHIFUSA)
    大阪府立大学・人間社会学部・准教授(2013年4月より同志社大学に異動)
    研究者番号:90195678

研究成果の概要(和文):
山西省の婁叡墓壁画や徐顕秀墓壁画、敦煌の仏爺廟湾魏晋墓壁画等々、魏晋南北朝時代の墳墓壁画を実地調査した結果、以下の諸点が明らかになった。すなわち魏晋期の絵画が漢代壁画の強い影響下にあったのに対し、北朝、特に北斉の壁画は、異民族独自の様式を高い完成度で示し、その特異な瓜実顔の様式は初唐人物画にも影響を与えていたこと、また群像表現、奥行き表現に格段の進歩を見せ、唐代遠近表現の原型となったことなどである。

研究成果の概要(英文):
According to the findings of research for wall paintings of Lou Rui's Tomb, Xu Xianxiu's Tomb in Shanxi, and Fuyemiaowan Wei-Jin Tomb in Dunhuang, there might be clear about the following matters. First, the painting of Northern Dynasties, especially Northern Qi, shows the characteristic style of the other ethnic group with high completeness while the Wei-Jin painting was under the strong influence of Han dynasty style. And the oval face style of Northern Qi mural affected the Tang dynasty painting. Second, Northern Qi paintings made great progress in depicting human figures in groups and in depth expression, and made preparations for the perspective representation of landscape painting in Tang dynasty.

交付決定額

(金額単位:円)
直接経費間接経費合 計
2008年度1,300,000390,0001,690,000
2009年度900,000270,0001,170,000
2010年度500,000150,000650,000
2011年度600,000180,000780,000
2012年度300,00090,000390,000
総 計3,600,0001,080,0004,680,000
  • 研究分野:人文学
  • 科研費の分科・細目:哲学・美学・美術史
  • キーワード:美術史、魏晋南北朝、壁画、墳墓、鮮卑
 1.研究開始当初の背景

魏晋南北朝から隋唐時代は、『歴代名画記』等に記述されるように、名作・名品の隆盛を誇った時期であったが、それらを実証する作品は僅かな伝称作品を除けば皆無に近かった。 また多くの伝称作品は後世の模写であり、その図像や様式にどれほどの根拠があるのか不明なものが多い。 戦前の日本においては、正倉院の蔵品や敦煌莫高窟の諸壁画、17窟出土の帛画等の、中国周辺部の数少ない遺品から、最盛期の作品群を推定・復元する様々な研究がなされた。 中国では戦前戦後の混乱期から文革まで、偶発的な遺跡の発見による散発的な発掘が続いたが、その間の情報は国外からうかがい知ることは困難であった。
伝称作品の信憑性が問われるとき、時代の確かな出土作品との比較検討は欠かせることができない。 国内においても戦前から、松本栄一『敦煌画の研究』のような出土品研究は存在したが、水野・長廣『雲岡』のような現地調査にもとづく実証的研究は、 絵画においてはなし得ず、蔵経洞出土のスタインコレクション、ペリオコレクションついても近年ようやく『西域絵画』の公刊により知られるようになってきた。 戦後、中国絵画研究はむしろ欧米においてより進展し、台湾や日本はそれを後追いする状況になり、出土品研究においては中国が新資料の続出から、その動向の主体となっている。

 2.研究の目的

中国では、70年代から唐代墳墓壁画や考古学上の重要な発見が続き、80年代に入ると魏晋南北朝時代の墳墓壁画、特に北朝の壁画の発掘が相次いでおり、 近年では報告書も陸続と公刊される状況になりつつある。ここに至って、これまで文献でしか知ることのなかった隋唐以前、特に魏晋南北朝時代の絵画が、 美術史的研究が可能なほどの質・量の出土品として現れてきた。そこでこの時代の発掘の成果を踏まえ、考古学的な整理の上に立った、具体的な作品史による魏晋南北朝絵画史を再構築する基礎研究が、 本研究の目的である。
中国では、1980年代以降の発掘成果が報告書として発表されつつあり、これまで具体的イメージが伴わなかった魏晋南北朝絵画を、 5年の研究期間で絵画史として編年し、現時点での様式や図像の意味づけをはかることを具体的目標とする。

 3.研究の方法

研究の具体的方法としては、第一に基本資料や文献の整理をはじめとする。雑誌『文物』のバックナンバー収集等、すでにある程度の文献や資料を収集し研究の方向性を認識しているが、 不足している資料や文献を、国内外を問わず集めて欠を補う。
第二に、資料の基本である出土品の現物の実査をできるだけ行うことである。これも当然のことであるが、中国大陸での調査には大きな組織的援助や政府の後援がないと困難である場合が多く、 個人的な人脈に依存するのが一般研究者の常である。ただ近年、中国大陸の研究者も国際交流に積極的になりつつあり、研究の公開・交流にも今後の発展がある程度期待される。
そこでまず、最初の2-3年に北朝墳墓壁画を集中的に調査・資料収集(山西省、西安周辺、河北省方面)し、北朝絵画史の実像を考察する。その結果導き出された方向性に沿って、 魏晋期、南朝の出土遺品(甘肅省および南京等)を4-5年目に調査・資料収集する。
現地調査については、京都橘大学文学部教授の王衛明氏にコーディネイターとしての調整、あわせて仏教関連資料の検討をお願いする。 碑刻資料、書法史関連資料の検討を、花園大学文学部教授の下野健児氏に依頼する。

 4.研究成果

上記計画に基づき、下記の調査を行った。
(1)2008年11月10-16日
婁叡墓壁画(山西博物院蔵)、徐顕秀墓壁画(山西省太原市迎沢区梨園現地)の実地調査を行った。壁画の退色、剥落等、劣化の進行を確認した。更に徐顕秀墓では、畏獣モチーフの確認、様々なモチーフの描き忘れ等を確認した。あわせて太原市郊外の天龍山石窟も調査し、北斉の人物造形の特色を仏像の作例から調査・検討した。 また西安で、陝西省歴史博物館地下収蔵庫の乾陵陪葬墓壁画を調査した。そこで初唐から盛唐の人物表現を確認し、南北朝期からの変化を検討した。

11月10日(月)関空発、北京経由、太原へ太原泊
11月11日(火)徐顕秀墓および壁画調査、山西博物院地下収蔵庫にて婁叡墓壁画調査
徐顕秀墓外観_1 徐顕秀墓外観_2 徐顕秀墓外観_3 徐顕秀墓出土黄緑釉磁灯
太原泊
11月12日(水)天龍山石窟調査、晋祠博物館、晋陽古城跡調査夜行寝台車で西安へ
天龍山石窟_1 天龍山石窟_2
車中泊
11月13日(木)陝西省歴史博物館にて乾陵陪葬墓壁画を調査、西安博物院調査西安泊
11月14日(金)乾陵、懿徳太子墓、永泰公主墓、昭陵博物館にて陶俑・墓誌銘・墓誌蓋等調査西安泊
11月15日(土)宝鶏寺跡、碑林博物館、大雁塔調査 午後北京へ北京泊
11月16日(日)首都博物館調査、午後北京発、関空着

(2)2010年3月18-24日
敦煌市博物館および現地にて敦煌仏爺廟湾魏晋墓画像磚の実地調査を行った。その結果、河西地区および敦煌独自と思われる図像表現を調査・確認した。基本的に漢代の様式を受け継ぎながらも、河西地区独自の図像と推定されるものを検討した。
敦煌莫高窟の北朝窟もあわせて調査し、北魏・西魏・北周の供養者、畏獣の表現を確認した。人物の面貌表現には、太原の婁叡墓等との近似性を確認した。
また、酒泉市丁家閘5号墓壁画、嘉峪関市新庄村画像磚墓壁画を実地調査した。その結果、画像の退色、その修復状況等を確認した。特に丁家閘5号墓では壁画下段の剥落・退色が著しく、発掘報告記載の図像は確認できなかった。

3月18日(木)北京、蘭州甘粛泊
3月19日(金)蘭州甘粛省博物館、敦煌敦煌泊
3月20日(土)敦煌莫高窟調査、佛爺廟湾魏晋墓調査敦煌泊
3月21日(日)敦煌博物館調査(佛爺廟湾画像磚)、鳴沙山、白馬塔調査
嘉峪関へ車移動(約5時間)
嘉峪関泊
3月22日(月)嘉峪関見学、酒泉丁家閘5号墓調査
嘉峪関より見た城壁跡 酒泉丁家閘墓群碑
嘉峪関泊
3月23日(火)嘉峪関新城村魏晋墓調査
嘉峪関新城村出土放鷹図
北京泊
3月24日(水)北京国家博物館、首都博物館、帰国

(3)2012年3月19-25日
丹陽、南京を中心に、南朝の遺跡・遺物の調査を行った。

3月19日(月)関空発、上海経由 蘇州着蘇州泊
3月20日(火)蘇州市博物館、太湖西山調査蘇州泊
3月21日(水)丹陽市および句容市郊外南朝陵墓石獣調査
1.斉明帝蕭鸞興安陵 丹陽市荊林鎮三城巷東北
斉明帝蕭鸞興安陵石獣部分_1  斉明帝蕭鸞興安陵石獣_2
2.梁文帝蕭順之建陵 丹陽市荊林鎮三城巷東北
3.斉武帝蕭賾景安陵 丹陽市前艾郷田家村
4.斉景帝蕭道生修安陵 丹陽市埤城鎮水経山南仙塘湾付近鶴仙坳
5.梁南康簡王蕭績墓 句容市石獅郷石獅村
梁南康簡王蕭績墓石柱部分
南京泊
3月22日(木)南京市博物館(元孔子廟)、南京市郊外南朝陵墓調査
1.梁呉平忠侯蕭景墓 南京市棲霞鎮十月村(太平村)
2.梁桂陽簡王蕭融墓 南京市煉油廠小学内
3.梁安成康王蕭秀墓 南京市棲霞鎮新合村甘家巷四隊(小学内)
梁安成康王蕭秀墓亀趺座側面
4.梁鄱陽忠烈王蕭恢墓 南京市棲霞鎮新合村甘家巷四隊
5.梁始興忠武王蕭憺墓 南京市棲霞鎮新合村甘家巷四隊
南京泊
3月23日(金)鎮江市博物館(元英国総領事館)、焦山碑林調査上海泊
3月24日(土)上海博物館調査上海泊
3月25日(日)上海発、関空着

丹陽では、

  • a.斉明帝蕭鸞興安陵(丹陽市荊林鎮三城巷東北)
  • b.梁文帝蕭順之建陵(丹陽市荊林鎮三城巷東北)
  • c.斉武帝蕭賾景安陵(丹陽市前艾郷田家村)
  • d.斉景帝蕭道生修安陵(丹陽市埤城鎮水経山南仙塘湾付近鶴仙坳)
  • e.梁南康簡王蕭績墓(句容市石獅郷石獅村)

等5基、南京市郊外では、

  • f.梁呉平忠侯蕭景墓(南京市棲霞鎮十月村(太平村))
  • g.梁桂陽簡王蕭融墓(南京市煉油廠小学内)
  • h.梁安成康王蕭秀墓(南京市棲霞鎮新合村甘家巷四隊(小学内))
  • i.梁鄱陽忠烈王蕭恢墓(南京市棲霞鎮新合村甘家巷四隊)
  • j.梁始興忠武王蕭憺墓(南京市棲霞鎮新合村甘家巷四隊)

等5基の陵墓遺跡を調査した。
石獣と石柱、石碑等の残存状況は以下のとおりである。

石獣石柱石碑
a麒麟2
b麒麟22亀趺2
c麒麟2
d麒麟2
e辟邪22
f辟邪21
g辟邪21
h辟邪223
i辟邪2
j辟邪23

この結果、石柱のあるb,e,f,g,hすべての台座の浮彫に畏獣モチーフが表現されていることを確認し、 その造形的特色等を検討したその結果、これらの畏獣は、 徐顕秀墓、湾漳北斉墓等 (報告書には婁叡墓にもあるとされるが未確認)に 見られる畏獣とほぼ同図像であり、陵墓と関わりの深い神獣と思われる。 一部の報告書では方相氏とされているが、図像的にはまだ検討の余地がある。

以上(1)-(3)の実地調査の結果、いくつかの新知見が得られた。

  • (1)北斉婁叡墓に見られる瓜実型の面貌様式は、近似の表現は見られるものの、やはり特異であること。
  • (2)最も近似する婁叡墓、徐顕秀墓の間にも、つり上がったまなじり、強く張った豊頬に相違があり、太原(晋陽)近辺の様式にもバリエーションがあること。
  • (3)魏晋期から南北朝にかけて、群像表現の技術が明確に進歩しており、北魏で空間表現の質的転換が起きていると推測されること。 続いて各種のモチーフについて。
  • (4)魏晋期の壁画には、類似の主題が多いものの、図像・様式には、敦煌地域、酒泉・嘉峪関地域ごとに異なる部分が目立つこと。
    特に甘粛地方には洛陽等中原とは明らかに異なる図像が多く、地方様式の展開としてさらに研究が必要であること。
  • (5)畏獣表現にバリエーションにも、奥行き表現、速度表現の変化が起こっていること。 一部では方相氏とされる畏獣の図像は、北斉地域ではほぼ定型化しており、整理を進めれば図像の特定が可能と思われること。等々が確認された。

無論、出土品を中心とする魏晋南北朝絵画史の構築には、未知の部分がまだらに残っており、今後のさらなる調査・考察が必要である。特に、今回十分な調査ができなかった河北省の北斉墳墓壁画、南朝墓室絵画、甘粛武威の墳墓壁画等は、今回の結論を検証するために是非必要な作品である。さらにアメリカに渡った石刻絵画資料の調査も必要であり、まだまだ不十分な状態である。  しかしながら、近10-20年の出土作品の整理・検証に、一定の目安、展望が持てる状態となってきたことは、大きな進歩である。上記所見、特に(3)(5)については、日本・欧米はもちろん中国本国においても未だ明確には論究されておらず、今後の研究のますますの進展が期待されるものである。  これらの成果もまだ発表できる程度にまとめきれておらず、研究年度内の成果発表がきわめて不十分であった憾みがあるが、現在も資料の整理・検討は継続中であり、今後も発表を予定していることを、最後に付け加えておきたい。

 5.主な発表論文等

(略)

 6.研究組織
  • (1)研究代表者:河野 道房(KONO MICHIFUSA)
  • 大阪府立大学・人間社会学部・准教授
  • 研究者番号:90195678
  • (2)研究分担者
  • (3)連携研究者1:王 衛明(WANG WEIMING)
  • 京都橘大学・文学部・教授
  • 研究者番号:50248613
  • 連携研究者2:下野 健児(SHIMONO KENJI)
  • 花園大学・文学部・教授
  • 研究者番号:60242997